「宮本公園」の立派なソメイヨシノのお出迎えをエア花見でどうぞ。静かにお花見を楽しめる穴場スポットです。

気になるスポット

お茶の水の神田明神の隣にある「宮本公園」は、周囲をマンションやビルが取り囲み、表通りからそこに公園があることが分からないような場所にあります。

そこには立派な桜(ソメイヨシノ)の木や、梅の木などもあり、ソメイヨシノの開花時期に、静かにお花見を楽しむのにはうってつけの隠れた穴場でもあります。

神田明神の随神門の前の通りから入った路地か、文京区道、蔵前橋通りから、ビルの間の路地を抜け階段を上がって行き、公園に入って行けば何処から入っても見事な桜が出迎えてくれます。

2018年3月26日に撮影した、この記事のソメイヨシノは例年に比べると一週間ほど満開時期が早かったようです。

宮本公園の広場は神田明神と同じ高台にあり、下から広場に至る高低差を活かした変化に富んだアプローチや、季節を彩る植栽などが工夫されていて、小さいながらも楽しめる空間になっています。

お茶の水の「宮本公園」のソメイヨシノ

立地もあってか人影もまばらで静かなので、春や秋のいい陽気の日には、ちょっと散策しても楽しいし、ほっと一息つけるオアシスのような場所です。

広場には、古民家を移築・改装したカフェ「井政(いまさ)」があります。

建物は関東大震災の4年後の1927年(昭和2年)に日本橋川沿いの旧神田鎌倉町に建てられた、江戸時代より地元で材木商を営んでいた「遠藤家」の店舗兼住居です。戦争中の空襲もまぬがれましたが、都心の再開発に伴い家屋は府中に転居し、保存されてきました。

長年神田明神の氏子総代を務めた遠藤家先代はすでに亡くなられていますが、「神田の家は神田に…」と熱望していた願いが叶い、2009年(平成21年)に千代田区有形文化財の指定を受け、ここ神田に帰ってきたのです。

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遠藤家の代々の当主が継いだ「井筒屋政藏」の名から、明治維新以降に付けた屋号が“井政”です。春には庭先の枝垂れ桜が綺麗に花を咲かせます。

そしてこの宮本公園ですが、実は「茶道 江戸千家」発祥の地でもあるのです。それにちなんで「井政」は移築時に玄関東側の和室を茶室へ改修しています。

江戸千家を創始した茶人、川上 不白(かわかみふはく)は1755年(宝暦5年)、神田明神の境内に「蓮華庵」に建て、江戸の人々に千家の茶の湯を広めていきました。また、その3年後にはその隣に「花月楼」を建てています。

また園内には、神田周辺の学校教育のために多大な貢献をした「三谷長三郎(みつやちょうざぶろう)」の胸像もあります。

三谷家は、1660年(万治3年)創業の銅・真鍮を商っていた紀伊国屋の屋号を持つ商家で、1886年(明治19年)に十代目を襲名した長三郎氏は、大いに経営手腕を発揮し財をなします。

長三郎氏は財団法人三谷報恩会を作り、地域の学校の鎌倉・由比ヵ浜への遠足や、箱根での林間学校などを開催したり、映写機やピアノなどの寄贈、プールの建設、進学優良児童へ奨学金を贈るなどしていたそうです。

この胸像は「長崎の平和祈念像」の作者でも有名な「北村西望(きたむらせいぼう)」の作品です。

神田明神のお隣「宮本公園」。桜の時期を過ぎても、四季折々の木々や草花を楽しんだり、神田の歴史を「井政」に垣間見たりしながら、ぶらっと散策してみるのも良いかもしれません。

 

宮本公園
〒102-8688 東京都千代田区九段南1-2-1

隣接する1,000年以上の歴史を誇る神田明神も、見どころがいっぱいの神社です。

江戸・東京の総鎮守「神田明神」は730年(天平2年)創建。1000年を超える歴史を感じながら詣でます。
神田明神の創建は天平2年。出雲の大己貴命(おおなむちのみこと)こと“大黒様”を、子孫である真神田臣(まかんだおみ)が武蔵国豊島郡芝崎村で祀ったのが始まりとされます。ここ神田という地名は、真神田臣の“神田”が由来との一説も。のちに平将門の墳墓の周辺で様々な災いが起きたのを鎮めるために、将門をこれに合祀し祀りはじめます。