宝くじ当選祈願でも有名な「福徳神社」は1,000年を超える歴史あるお稲荷さま。コレド室町の表参道を抜けてお参りします。

気になるスポット

江戸時代の日本橋は、魚河岸を中心に、商家や菓子店、鰹節問屋や海苔問屋などが軒を連ね、たいそう賑わっていたところです。そんな文化や雰囲気を上手に活かしながら、再開発され生まれたCOREDO(コレド)室町は、日本全国の“食”やこだわりの“モノ”を沢山取り揃えている粋な商業施設です。

コレド室町は1と2と3があり、コレド室町1と2の間の通りは、昼間でも日が当たらない公道なのですが、そこに面したお店は暖簾をかかげ、壁面は沢山の行燈(あんどん)で彩られていて、近代的なのですが、とても落ち着きがあり雰囲気のよい「和」の空間になっています。

ここを北に通り抜けた所に鳥居があります。ここが「福徳神社」別名「芽吹稲荷」です。主祭神は五穀豊穣の神様「宇迦之御魂神」(うかのみたまのかみ)、通称「お稲荷さま」。平安時代の859年〜876年(貞観年間)から1,000年以上の長い歴史のある神社です。

その当時、この辺りは武蔵野国豊島郡福徳村と呼ばれていて「福徳稲荷」として祀られていました。「豊島郡」とは砥島(としま)とも書き、沿岸に沢山の島があったことから名付けられた郡名です。

当時の東京湾沿岸は、今よりもかなり陸地側にあり、複雑な入江や湿地、小島などが沢山あったことをうかがい知ることが出来ます。

福徳神社は古くから武将たちの信仰があつく、源義家が深く崇敬していたとの言い伝えもあり、江戸幕府以前には太田道灌公を合祀しています。徳川家康も江戸に入った1590年(天正18年)8月に参拝し、その後も何度かここを詣でています。

また、神社の別名が「芽吹稲荷」なのは二代将軍 徳川秀忠が1614年(慶長19年)正月に参拝し「福徳とはまことにめでたい神号である。」と賞賛し、この時、鳥居の椚(くぬぎ)から若芽が芽吹いていたのを見てそう決めたそうです。

幕末には火災で何度も被災し、1944年(昭和19年)には空襲により社殿が焼失し、2010年(平成22年)まではビルの屋上に鎮座していました。時を経て、日本橋室町の再開発計画の一環で、ここを社地とし2014年(平成26年)に、この新たな社殿が完成し今に至ります。

「福徳神社」のもう一つの顔は宝くじ当選祈願の神社です。江戸時代に幕府から富くじの発行を許された数少ない寺社だったことと、“福徳”という縁起の良い名前から、宝くじを持ってきて当選祈願をする人が大勢いるのです。

宝くじを三方の上に乗せて、写真にある「幸運鈴」をシャンシャンと鳴らし、「当たりますよ〜に。」と当選を祈願します。

境内の東の敷地は2016年(平成28年)に「福徳の森」としてオープンしています。そこには東京薬事協会が祀る薬祖神社が遷座し、「福徳神社」をはじめとして穏やかな空間が広がっています。

お買い物や日本橋散策のあと、コレド室町の表参道を、ゆっくり抜けてお参りしてみましょうか。

福徳神社
〒103-0022 東京都中央区日本橋室町2丁目4−14