明治35年創業「神田志乃多寿司」の稲荷寿司“しのだ”と“かんぴょう巻き”は絶品の旨さです♫

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「神田志乃多寿司」は、人形町の「志乃多寿司総本店」より暖簾分けし、1902年(明治35年)に原田直平氏が創業した老舗です。稲荷寿司とかんぴょう巻きが美味しいお店です。ここの稲荷寿司は美味しくて大好きなんですが、特にかんぴょう巻きの旨さでは僕は「日本一」だと思ってます。

本店は神田淡路町にありますが、大丸東京店の地下食品街にも出店しているので、仕事帰りに買って帰ります。夜も19時を過ぎているので、売り切れの詰め合わせもチラホラありますが、僕が良く買う、お目当て「8個入」と「四色詰合せ」はしっかりあったので、それぞれ一つずつ。

添え書きには、初代の原田直平氏が当時の東京市内を、自動車ではなく箱車で走り回り稲荷寿司やかんぴょう巻きを配達していたことが書かれています。

神田志乃多寿司を買う楽しみは、いくつもありますが、2代目の原田直翁氏が包装紙に採用した、有名な洋画家 鈴木信太郎氏の絵もその一つ。未だにハイセンスな稲荷寿司の包装紙ですね。

そして折りの蓋には、「週刊新潮」の創刊号から表紙絵を手がけたことでも有名な、童心の洋画家と呼ばれた谷内六郎氏の可愛らしい絵。何だか食べる前からとても楽しい気分になります。2代目はフォルクスワーゲンに“志乃多寿司”のロゴマークを大きく書いて東京を走り回り評判になるようなイノベーターだったんですね。

8個入の中身です。志乃多寿司では、稲荷寿司のことを「しのだ」と呼びます。しのだ×4つに、かんぴょう巻き×4つとガリが入っています。ザ・志乃多ですね。

四色詰合せの中身は、しのだ×3、かんぴょう巻き×3、かっぱ巻き×3、たくあん巻き×3、ガリ。バラエティ感も量もちょうど良い詰合せです。

しのだ(稲荷寿司)です。かなり濃い目の味付けです。甘辛いつゆがジュワッとたっぷり染みています。口に含んだ瞬間に、この甘さに顔が緩んでしまいます。この味は油揚げを大釜で一度に2,000枚煮込むことで作り出されます。

かんぴょう巻きは、もう日本一としか言いようもない旨さです。あのかんぴょうが、肉や魚でも無いのにどうしたらこんなに旨味たっぷりの美味しさになるのか感心してしまいます。栃木県産の最高級かんぴょうを、ざらめ砂糖と濃口醤油で、食感を活かしながらも歯切れ良くジュワジュワに炊き上げてます。周りのお米に染みてるツユを見てください。最高です。

かっぱ巻きは、時間が経ってるのにキュウリがパリッパリです。少々のゴマも効いてます。海苔巻きに使われている江戸前の海苔は神田志乃多寿司の海苔巻きサイズで問屋に切ってもらい仕入れている特注品だそうです。

たくあん巻き。このたくあんも、しっかりした大根の歯ざわり、甘くは無い味付けで、かっぱ巻きと併せて、しのだや、かんぴょう巻きの濃い目の味とのバランスやコントラストを考えている見事な仕事です。

一見、語るほどでもないようなガリですが志乃多寿司のガリは普段出会うものとは違います。甘さは無いです。酢がしっかりと効いていて、生姜ならではの辛みが前面に出ています。このガリを合間に挟むことで、濃い味付けの、しのだも、かんぴょう巻きも、何度口に入れても美味しく食べ続けられるという訳です。

神田志乃多寿司を東京駅で買えるのは嬉しい限りです。旅のお供にも手土産にも便利ですね。絶品の“しのだ”と“かんぴょう巻き”を、またぶら下げて帰りたいと思います。

稲荷寿司を“しのだ”と呼ぶのはなぜ?

大阪府和泉市葛の葉町にある、創建708年(和銅元年)の「信太森葛葉稲荷神社(しのだのもりくずのはいなりじんじゃ)」正式名称「信太森神社」 に残る言い伝えが始まりです。

安倍保名(あべのやすな)は信太(しのだ)の森を訪れた時、狩人に追われていた白い狐を助けます。しかし保名はその際に怪我をしてしまいます。それを葛の葉という女性が現れて介抱しました。

二人は恋仲になり子を授かるのですが、のちに葛の葉が、実はあの助けた白い狐であることが知れ、葛の葉は、泣く泣く夫と子供を残し信太の森に帰っていくことになります。この伝説は今でも歌舞伎や文楽で語り継がれています。

悲恋の伝説と、キツネの好物とされる油揚げをかけて、稲荷寿司を“しのだ”と呼ぶようになったのです。ちなみに、この保名と葛の葉の子供こそ、実は平安時代の有名な陰陽師 安倍晴明(あべのせいめい)なのです。

 

神田志乃多寿司 大丸東京店
〒100-6701 東京都千代田区丸の内1丁目9-1

神田志乃多寿司 本店
〒101-0063 東京都千代田区神田淡路町2丁目2

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