人間の第六感(シックス・センス)をあなたは信じますか?これをあくまで僕の妄想科学的根拠で紐解きます。

雑記ノート

第六感(シックス・センス)をあなたは信じますか?「五感」は動物にも人間にも備わる、視覚(見る)、聴覚(聴く)、触覚(触る)、味覚(味を確かめる)、嗅覚(嗅ぐ)の5つの感覚をさしていますが、これとは違う・超えた6つ目の感覚のことを世間では「第六感(シックス・センス)」と呼んでいます。


僕はこの第六感(シックス・センス)を信じているのですが、それは単純に超能力、霊感、オカルト、ホラー的な解釈・扱いのものではなく、あくまでも僕の中での「妄想」科学的根拠によるものです。もしバカバカしいと思われる方は、この先をお読みにならないことをお勧めします。でも、もしかすると読んだ後に、あなたが感じたり体験したことがある出来事や、これから出会うかもしれない出来事を、「納得」して考えられるようになるかもしれません。

例えば、こんなことありますよね?


●何かイヤな予感がしてドキドキしていたら案の定、電話が鳴って、それは問題や不幸を知らせるものだったり。よく言う「虫の知らせ」でしょうか。

●例えば、どこかの街角でふと「誰かの視線を感じる…。」なんて思って、それを感じる方を見たらやっぱり誰かがこちらを見ていた。なんてこと誰でも経験ありますよね。しかも視界にはない横とか後ろとか。

●毎日の夕飯。あれだけ献立の種類が多い中で何故か、唐揚げ、カレー、ミートソース、とんかつ…。「ダンナのランチと、夕食がカブることが本当によくあるのよねぇ。」っていう経験が多い人もいると思います。

●オフィスや会議室に入った瞬間に、とてもピリピリした空気を感じたので、後で聞いてみたら、誰かが問題を起こしていたのか、酷く怒られていた。なんて経験もあるのではないでしょうか。

「そんなの偶然だ。」とか「あれは脳の錯覚だ。」とする説が、まことしやかに有力な感じですが僕の妄想科学の世界では、こういう出来事こそ第六感(シックスセンス)が働いた瞬間だと思うのです。これらは人間の「脳」が放出したエネルギーと、それを察知する「潜在能力」が人には普通にあると言うことで全部説明がつくのです。

人や動物の「脳」の神経回路の複雑さとエネルギー。

人や動物が、ものを考えるというのは「脳」の神経細胞の複雑な繋がりによって出来ていることです。表面的に考えるということ以外に自分の「無意識下」では、脳はもっと膨大な情報を処理しています。空気、気温、風、匂い、触れるもの…。「五感」で感じられることはもちろん、特に意識しているつもりが無いこともです。

人は、脳の仕組みや構造を知ろうとしてきました。そこでわかったことは医学や科学など、様々な分野に活かされていきます。AI(人工知能)におけるディープ・ラーニングの分野などもそれに値しますね。


脳の仕組みや構造を理解するという一つの試みとして、脳の神経回路のシミュレーションがあります。例えば、理化学研究所の計算科学研究機構では、2013年にスーパーコンピューター「京(けい)」を使って、10兆個の結合した神経回路のシミュレーションを行っています。これは世界最大規模で、シミュレーション技術と「京」の生物学応用の限界を確認する意味も兼ねていたようです。

結果として、脳が1秒間にすることを再現するのに、「京」では40分(2,400秒)を要するということでした。それは巨大なヒトの脳の神経回路のわずかに1%程度の規模だそうです。人が考えていることって(無意識下も含めて)凄い状況なわけです。ちなみに使うエネルギーも凄まじい。「京」の消費電力は一般家庭で約30,000世帯分に相当するそうです。

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人間の「脳」が放出するエネルギー。

さきほどの「京」の話で解るのは、「たった一人の人間の脳が考えるコト」だったとしても、それはそれは、とんでもない情報処理量で、莫大なエネルギーが使われているということです。最近の脳科学の研究では「五感」でさえ、未発見のものも含め、さまざまに組み合わせて総合的に思考が行われていることがわかってきています。

僕の妄想科学では、「脳」が生み出す巨大な思考・想いは、単に考えるためにエネルギーを消費しただけなのか?ということ。いやいやそんな訳がない。どう考えても、何もエネルギーを持たない訳がないという結論です。外部に干渉せず影響を与えない訳がないのです。そのエネルギーが何たるかは僕には解りませんが、きっと「素粒子物理学」レベルで紐解けるような話かもしれません。


つまり、誰かの視線が解るのは、視線を向けた人の放出しているエネルギーが強かったので、それを察知したということだと思うのです。夕飯の献立がカブるのは、夕飯を作る奥さんが考えた事が旦那さんに伝わったのか、あるいはその逆。考えが強かった時にシンクロしてしまうのではないでしょうか。

「じゃあ電話は?」さすがにそれは無いんじゃないのと言われそうですが、そうでしょうか?起こった問題や不幸は、さっきの視線の話や、夕飯の献立のレベルではありません。電話をくれる人が尋常じゃないエネルギーを発していてもおかしくはないのです。それが、あまりにも強くて、大きいので伝わってしまうのかもしれません。もしかしたら単に空間を伝わったのではなく、電線・電話線かもしれませんよ。

察知する「潜在能力」の驚き。

米カリフォルニア州在住のダニエル・キッシュ氏という人は全盲なのに反響音を使って、自転車を乗りこなすそうです。これはいわゆる盲視(ブラインドサイト)です。通常の感覚経路を失った人が、他の感覚経路を使って視覚以外でまわりを把握しているのです。ダニエル氏は自ら舌打ちをするような音を発し、反響する音を手がかりに自転車に乗る。その時の彼の脳では「聴覚野」ではなく「視覚野」が活性化しているそうです。音を視覚化しているのに近いのでしょうか。


似たような感覚としてイルカやコウモリが反響音で対象物を認識し障害物などを避ける反響定位(エコーロケーション)があります。また、これだけでなく、人間が一般的に言われる「五感」以外の感覚で、何かを感じている例は沢山あると思います。自覚すること無く、低気圧や、月の満ち欠け、地盤の崩壊、方角、時刻などを感知・察知していたりする人が存在するわけですからね。

こんなことを真面目に考えたキッカケ。

とある日、会社から帰宅する時のことです。職場も仕事もいたって平穏で、嫌なことも何もなく、どちらかと言うと早めの帰宅なので、気分も軽やかに通勤電車に乗ったのです。何気なくスマホでラジオを聞きながら吊革につかまって数駅を過ぎた頃、何の理由もなく、涙がこぼれてきたのです。


「何でもないのに涙がこぼれるのは鬱だ。」という話もありますが、まったくそういう感じでもなくです。大の大人の男が一駅の間も。その直後、涙は止まったのですが、その電車も止まりました。進行方向に遠く15キロほど離れた場所で人身事故だそうです。かなり復旧に難儀するような事故だったらしく、その場所を通る数路線が数時間にわたり止まっていました。

いったいどんな事故なのかなんて、一般人はわからないのが鉄道人身事故です。ただその時のことを、後で思い返してみてふと思ったのです。よほど強い何か想いのようなものが、僕の脳裏を通り過ぎた瞬間だったのではないかと…。もちろん「霊」とかそういう考え・解釈はまったく持っていないので、これはどう解釈すれば自分は納得出来るだろうか?と思ったのです。

その想いのエネルギーは何処へ?

僕の妄想科学では人や動物に限らず「脳」が生み出した巨大な思考(想い)や記憶は、相当なエネルギーを持っているので、その「命」が亡くなったからといって、コンピューターの電源を落としたかのように、簡単に消滅するようなエネルギーじゃないのでは無いかと、今は思っています。

自我のようなものは無くなっても「想い」のエネルギーは何処かに残留したり、移ったりするのではないかと考えるのです。例えば、それが愛すべき存在だったとしたら、もしかすると「あなた(自分)」に残っているかもしれないし、誰かが持つことになるかもしれない、あるいは空を漂っているかもしれないとさえ思えてくるのです。


もちろん現在、生きていても同じように「脳」はエネルギーを放出していると考えています。僕の妄想科学的根拠の第六感(シックス・センス)では、大切な「想い」は必ず感じられるはずだと確信しているのです。